廣津留すみれ「大分の良さを伝えたいから、毎年サマーセミナーを主催しています」

私のとっておきの大分 第5回【後編】大分の良さを伝えたいから、
毎年サマーセミナーを主催しています

バイオリニスト廣津留 すみれ

バイオリニストの廣津留すみれ(ひろつる・すみれ)さんは、大分の公立高校卒業後に米国の名門、ハーバード大学に進学し卒業。そしてバイオリンの演奏家として世界でも有数の音楽大学、ジュリアード音楽院の大学院に進んだ才媛です。インタビュー後編は音楽家として目指すこと、デビュー音楽CD「メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲+シャコンヌ」のこと、そして地元大分で自らが毎夏主催しているサマーセミナー「Summer in JAPAN」について伺います。 前編はこちら 文:池谷恵司 / 写真:山田健司

バイオリニストとしてジャンルを超えた音楽を創造していきたい

――廣津留さんは現在、バイオリニストとしての活動に加えて、書籍の出版やテレビへの出演、そして大学で教壇にも立っていらっしゃいますが、今後もこれらを両立しながら活動していくご予定ですか。

実は「両立」とは思っていなくて「楽しそうだな」と思うことをやっていたら、たまたまこうなってしまったという感じです。ただ私はバイオリニストなので、あくまでも音楽活動を中心にしつつ、今後も楽しそうなことにはどんどん挑戦していきたいと思います。

活動の拠点だったニューヨークでは私はあくまでバイオリニストであって、私の音が必要だから仕事をオファーしてくれます。ですから「どういう音を出すか」が勝負なのですが、日本に来たら急に「ハーバードの人」と呼ばれることが多くなってしまって、ああ、日本ってやっぱり肩書き社会なんだなと戸惑うところはあります。

廣津留すみれさん

――音楽家として、今後どんなことを目指していきたいですか。

いろいろなチャレンジができる環境が好きなので、さまざまなジャンルにまたがった音楽活動をしたいと思っています。今まで学んできたのはクラシックのバイオリンですが、大学時代にはゲーム音楽も結構弾いていましたし、ニューヨークでもアフリカの民族楽器を叩いている人とコラボして新しい曲を作ったり、アルゼンチン人とタンゴの五重奏をやったりしています。ただ単にクラシックを弾くのではなく、新しいものやポップなもの、民俗的なものなどをミックスしていきたいです。

日本では音楽に関して「クラシックの人」とか「ポップスの人」というジャンルでくくりがちだなという印象があり、クラシックの人がポップスの現場に行くと、「あの人、なんでポップスの現場にいるの」って言われてしまうこともあります。アメリカだと全然そんなことがなくて、単に自分のバックグラウンドはクラシックというだけのことで、好きなジャンルを気軽に行き来できます。

もちろんニューヨークの音楽の現場はものすごくプロフェッショナルで、レコーディングは1回だけで決める「一発録り」がほとんどなので絶対失敗できないし、失敗したらもう呼んでもらえないというシビアさはありますが、それも含めてすごく楽しいです。コロナ禍で戻れていませんでしたが、早くニューヨークに帰りたいですね。

廣津留すみれ YouTube Astor Piazzolla: Violentango - ピアソラ:ヴィオレンタンゴ|Sumire Hirotsuru & Moeri Kobayashi
(廣津留すみれ & 小林萌里)

オーケストラの音の波の中心で気持ちよく弾いたメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲

――デビュー音楽CD「メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲+シャコンヌ」についてお話を聞かせてください。

「メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲+シャコンヌ」廣津留すみれメンデルスゾーン
ヴァイオリン協奏曲+シャコンヌ
この音楽CDは埼玉県所沢市で開かれたコンサートのライブ録音なのですが、そのコンサートはもともと私自身が観客として観に行く予定のものでした。というのもジュリアード音楽院の恩師、ジョセフ・リンさんが弾く予定だったからです。それがコロナ禍の影響で入国制限のため来日できなくなり「ああ残念!」と思っていたら、「代わりに出てください」という連絡が来たんです。それで猛練習をして代演させていただき、録音までしていただきました。

――共演するデア・リング東京オーケストラはとてもユニークなオーケストラだそうですね。

そうなんです。いつもオーケストラの配置が面白くて。普通のオーケストラは指揮者が真ん中にいて、それを囲むように放射状に演奏者が並ぶのですが、このコンサートでは私も、オーケストラの団員も正面を向いて演奏しました。また、各楽器の配置も普通なら「この楽器はここ」って場所が決まっているんですけれど、この時は楽器もみんな混ざっているんですよ。1カ所からチェロが聴こえるより、いろんなところからチェロが聴こえることで均一に聴こえるという、サラウンド的な発想の楽器配列でした。しかも今回は指揮者はおらず、私がソロを弾きながら指揮をする「弾き振り」に挑戦しました。とても新鮮な気持ちで演奏することができましたね。

――いつもとは全然オーケストラの聴こえ方が変わってきますね。

全然違います。オーケストラの全員の音が本当に波のように来るので、波乗り感がありました。しかも私は音の渦のど真ん中で演奏したので、ものすごく気持ち良かったです。

――しかもライブ録音。

そうなんです! ライブ録音は後からやり直しがきかない恐ろしい録音です。でもライブには演奏者全員の息遣いが感じられたり、生き生きとした音の感じが記録される魅力があって、その臨場感がCDにも収められていると思います。それと今回は指揮者がいないのも特別でした。普通の演奏なら指揮者がオーケストラのテンポや強弱をすべて統率するわけですが、このコンサートでは指揮者がいないので、いい意味でみんなが弾きたいように弾いている感じがします。それによって演奏者各自の個性が出つつも、結果的にはチームとしてまとまっていて、生き生きした演奏になったと思います。

――ちなみに廣津留さんは、家でもクラシックを聴いているのですか。

家にいる時はクラシックは全く聴かないんですよ。どうしても演奏が気になってしまうし、無意識に手が動いちゃうので。家にいる時に聴くのはJ-POPばかり。特にaikoさんが大好きでよく聴いています。

「大分」という故郷がある大切さ

――高校卒業まで大分、その後アメリカ、そして今は東京にいらっしゃいますが、故郷としての大分の良さを感じることはありますか。

大学に入学するまでの18年間は大分で育ちましたから、基本的には大分県人の考え方をしていると思います。そして私にとって大分という故郷があることは大切なことです。大分に来ると「あ、帰ってきたな」と思いますし、感じる空気も違いますね。大分にいる時はすごく守られている感じがします。大分でコンサートをすると温かいんですよ。お客さんみんなから「おかえり」と言われている感じがします。

――大分には現在どれくらいのペースで戻っているのですか。

今は、大分市で教育委員をやらせていただいているのと、大分でのテレビ出演もあるので、月に2回ほどは大分に戻ります。

――大分はいいところだと思いますか。

はい。大分から出てみて、初めて大分の良さを意識した気がします。アメリカに行くと、「どこから来たの。東京?」とまずは聞かれます。大半のアメリカ人は東京、大阪、京都ぐらいしか知らないですよね。そんな彼らに大分の魅力を知ってもらいたいと強く思いました。それもあって、毎年大分で「Summer in JAPAN」というサマーセミナーを開催しています。

廣津留すみれさん

サマーセミナー「Summer in JAPAN」を通じて
留学を身近で楽しいものだと知ってほしい

――廣津留さんが大分で2013年から毎年夏に開催しているサマーセミナー「Summer in JAPAN」について教えてください。

「Summer in JAPAN」は2013年、私が大学1年生の時から、大分で毎夏2週間にわたって開催しているサマーセミナーで、大分市内で英語教育を行っている母と2人で立ち上げました。目的は2つあって、1つは英語を使って21世紀にふさわしい教育を子どもたちに提供すること。もう1つは海外の若者、主にハーバード大学の学生を招いて日本の魅力を味わってもらうことです。

――「Summer in JAPAN」では具体的にはどんなことをするのですか。

最初の1週間は小中高生約100名を集め、12人ぐらいのハーバード大学の学生を講師として迎えてサマーセミナーを行います。内容はスピーチ、プログラミング、ライティングなどで、講義は英語で行います。また、同時に毎年コンサートシリーズも開催しています。ハーバード大生の7割ぐらいが楽器ができると言われていますが、そんな彼らにステージに上がってもらって本格的なクラシックコンサートを開きます。さっきまで先生だった人が突然ステージで演奏したり歌ったりするので生徒も大喜びしてくれますし、勉強以外の課外活動にも本気で取り組む大切さを感じてもらえるので。そして次の約5日間は講師を務めたハーバード大生にガイドブックには載っていない日本の文化を体験してもらいます。

――素晴らしい試みですね。サマーセミナーは何歳の子どもたちが対象ですか。

7歳から18歳、小学生から高校生までです。このサマーセミナーはクラス分けがポイントになっていて、あえて年齢別ではなく興味別、あるいは英語レベル別にします。そうすると極端な場合、小1と高3が同じプログラミングのクラスになる可能性もあるんです。小学生が、高校生ってこんなに大人なんだって思ったり、英語をペラペラしゃべっている小学生を見て高校生が「え!」って驚いたりしつつ、年齢を超えて交流できます。学力って年齢で決まるわけではないし、お互い刺激があって楽しそうです。

――「Summer in JAPAN」に来た子どもたちの中には、留学する子もいるのですか。

留学したいから来る子もいますし、セミナーをきっかけに留学を目指す子もいます。「Summer in JAPAN」をやろうと思ったきっかけの1つとして、私がハーバード大学に留学しようと思った時、あまりにも情報がなくてとても苦労したということがあります。それで少しでも留学についての情報や体験を、大分の子どもたち、九州の子どもたちに伝えたいと思ったんです。

それともう1つ私がみんなに伝えたいのは、「ハーバードの大学生といっても、みな普通の人間」ということです。私が高校2年生でハーバード大学のキャンパス見学に行った時、学生がみんな普通の人であることにかなり驚きました。ハーバード大学は日本からするとすごいものに思えるかもしれませんが、ただの大学だし、受験したら受かるかもしれない身近なものでもあります。

子どもには日本人の大人が持っている「ハーバードはとってもすごい」みたいな先入観はまだありませんから、子どもの時に彼らと交流することで「こういう大学生活はいいな」と感じてもらえたらいいなと思います。実際、参加者からも「ハーバード大学も、手の届くところにあると感じられるようになった」といったリアクションもいただいています。

――今年で10年目ですが、今後も「Summer in JAPAN」をライフワーク的に続けていかれるのですか。

まだ分かりませんが、続けていきたいですね。最初は母親と細々とやっていたんですけど、だんだんと自治体も応援してくれるようになって、ありがたいことに地元の団体や企業、病院などに協賛いただくなど、ローカルの皆様に支えてもらっています。ですから今後も続けられたらいいなと思っています。

前編はこちら

廣津留すみれ(ひろつる・すみれ) 廣津留すみれ オフィシャルウェブサイト
https://sumirehirotsuru.com

PROFILE

廣津留すみれ(ひろつる・すみれ)

大分市出身のバイオリニスト。12歳で九州交響楽団と共演、高校在学中にNY・カーネギーホールにてソロデビュー。ハーバード大学(学士課程)卒業、ジュリアード音楽院(修士課程)修了。ニューヨークで音楽コンサルティング会社を起業。
高校在学中にイタリアで開かれたIBLA国際音楽コンクールにてグランプリ受賞、翌年全米ツアーに招待される。ハーバード大学在学中に世界的チェリスト、ヨーヨー・マとシルクロード・アンサンブルとの度々の共演を果たしたのを皮切りに、米国にて演奏活動を拡大。UNICEFガライベント等での演奏や、グラミー賞受賞アルバム「Sing Me Home」をフィーチャーしたプレゼンテーションを任されるなど各地で再共演。自身の四重奏団を率いてリンカーン・センターやMoMA近代美術館にて演奏を行うほか、ワシントンDCのケネディセンターにて野平一郎氏と共演。またこれまでに「ファイナル・ファンタジー」シリーズなど名作ゲームの演奏・録音を数々担当。ギル・シャハムとThe Knightsのメンバーとして共演した最新アルバムがグラミー賞2022にノミネート。近年は「奇跡体験!アンビリバボー」(フジテレビ系)、「サンデー・ジャポン」(TBS)、「題名のない音楽会」(テレビ朝日)などのスタジオ演奏でも話題に。